次に「因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、」について。
その前に
仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、就中、駿州此方間之儀、預御尋候、近年雖遂一和候、自彼国疑心無止候間、迷惑候、
は3つの文に分けられる。
(1)
仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、
(2)
殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、
(3)
就中、駿州此方間之儀、預御尋候、近年雖遂一和候、自彼国疑心無止候間、迷惑候、
「仍(よりて)」とは「それだから。したがって。よって。」
「殊(ことに)」とは「とりわけ」「なお。その上。加えて。」
「就中(なかんずく}」とは「その中でも。とりわけ。」
という意味(デジタル大辞泉)だけれど、ここでは単に文の区切りに使っているだけで、特に意味はないだろう。信秀が送った書状にかかれていたことの中で特に返事を出すべきことというような意味合いだと思われ。
したがって「岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候」が原因で「其以後、萬其国相違之刷」ということになり「彼国被相詰」という結果となったということであろう。その前の「安城者要害則時ニ被破破之由」云々は全く無関係ではないにしろ、直接の原因ではないと解釈できるだろう。
で、「岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候」と「其以後、萬其国相違之刷」の解釈は困難なので保留にしておくことにして、とにかく「彼国被相詰」ということに相成った。
その「彼国被相詰」とはどういう意味か?村岡幹生教授の論文には
「茲に因りかの国(に)相詰めらるの由承り候、余儀無き題目に候」はあきらかに、信秀が予定している近々の三河侵攻に対する明白な支持表明となっている。
とあり、「彼国被相詰」とは「(信秀が)三河に侵攻すること」という意味で解釈していると思われる。
しかし、「彼国被相詰」は本当にそんな意味だろうか?
まず俺は「彼国」とは「三州」のことであり、それは三河という土地のことではなくて、「三河の松平広忠」または「(岡崎城の)松平氏」のことだと思う。「駿州無(または被)相談」の「駿州」が土地のことではないのは明らかで「今川義元」または「今川氏」のことなのと同様だろう。
そして「松平広忠」または「松平氏」が「被相詰(相詰めらる)」のであって、織田信秀が「三州」を相詰めるのではないと思う。
信秀が「相詰」めれば、広忠が「相詰」められるのだから、同じではないかと思う人がいるかもしれないけれど、それは決して同じことではない。
いや、その前に「相詰」とはどういう意味なのか?
辞書で「相詰」を探しても見つからない。「詰める」「詰まる」ならある。
⇒つめる【詰める】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
⇒つまる【詰(ま)る】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
どちらにも「侵攻する」「侵攻される」というような意味はない。「攻める」「攻撃する」というような意味もない。
「侵攻する」という意味で「相詰」という語を使う例は他にあるのだろうか?
「"相詰"」で検索すると、
三之丸八御成、相詰
一人宛不断其地相詰奉公可仕由申
勿論相詰罷在候内外出火御座候得ば早速其場所へ罷越申候
妙觀院間二相詰
大坂表え相詰候足軽名前簿
などがヒットするけれど「侵攻する」という意味で使っているものはなかなか見つからない。一番目のは将棋の「詰」で、それ以降のは「決まった場所に出向き、用事に備えて待機する。出仕して控えている。」(デジタル大辞泉)の「詰」であろう。
「相詰」を「侵攻」の意味だと考えるのは将棋のイメージなのではなかろうか?
しかし、将棋の「詰み」とは「行きづまる」の意味であろう。すなわち前にも後ろにも横にも斜めにも、どこにも行く場所がなくなるから「詰み」ではないのか?
そして「彼国被相詰」の意味もそういう意味ではないのだろうか?では具体的にはどういう状況なのかといえば、城を敵に包囲されている場合はそうだろうけれど、この場合はそれではないだろう。
とすれば「彼国被相詰」とは、松平広忠はもう何も打つ手が無いドン詰まりの状態になってしまったという意味であろうと俺は思う。
で、そういう状態になるとどんなことが起きるかといえば離反者が出るというのが世の常であろう。すなわち「攻撃」の有無にかかわらず三河松平氏は崩壊寸前ということになる。
「彼国被相詰」とはそういうことを言っているのであって、信秀が攻撃を予定しているとかいった話ではないと俺は思うのである。
何はともあれ「相詰」を攻撃するという意味で使った用例が他にあるのかをちゃんと確認すべきでしょう。