⇒江戸城が風水に基づいて作られた話はガセっぽい?という話 - Togetter
これは自然科学でいえば「だめなニセ科学批判」の典型であろうと思うわけです。俺はニセ科学批判批判をしているけれど、それは「正しい批判だけれど正しければいいってもんじゃない」という批判であって、こういうのは論外なのであります。
そもそも「江戸城が風水に基づいて作られた」という前提がおかしいわけです。江戸城の天守閣が風水思想で作られていたとか、門の配置が風水思想に基づいているとかいうのなら「江戸城が風水に基づいて作られた」だけれどもそういう話じゃないわけです。「家康は四神相応の地を選んだ」とか、地形を変えたのなら「江戸城」ではなくて「江戸が風水に基づいて作られた」ですからね。最初からグダグダなわけです。
江戸が四神相応の地だとしたら、家康がそれを知っていて江戸に決めた可能性も無くはないわけで、江戸城が「終戦直後のバラック程度のもの」だったとしても関係ありませんね。場所が重要なわけですから。慶長の江戸城改築も同様に関係ありませんね。ですからこの場合は「家康が意識していたかわからない」ということになりますね。それで「風水で江戸を選んだと断定する主張」を否定するのに十分なわけです。また、四神相応に叶うように江戸を改造したという話も同様に「わからない」ということになります。
ただし、江戸がそもそも四神相応の地でないというのなら、これらの説は完全否定されるわけです。しかし、それには何をもって四神相応とみなしているのかがわからなければなりませんね。勝手にこっちで玄武とは○○のことだと決め付けて、でもそれだとおかしいから違うのだと否定することはできませんね。たとえばトンデモ研究者が玄武が麹町台地とか神田山のことだと決め付けているのだとしたら、だったらそれを削るわけがないだろと否定することが可能なわけですが、それで否定できるのはそのトンデモ研究者の説であって、だからといって江戸は四神相応ではないと決め付けることはできないわけであります。
あと、
江戸が四神相応というのは玄武となるべき台地が削平されているわけだからあり得ないのですし、そもそも四神相応で風水に従ったはずの奈良平城京が100年持たずに廃都になっているんだから風水説も案外あてにならない
風水に実際に効果があるのかと、風水を信じていたかは関係ないですよね。そもそも廃都になったから風水があてにならないというのも論理的におかしいでしょう。効果が無いのは事実だけど。
あと関係ないけど意味わからないのは
もっとスゴイのは、目黄不動は伝・良弁作で登録文化財指定されているという事実ですね。127センチあるからなかなか迫力のあるいい仏像ですが、鎌倉期のようなきがするんですが、文化財の技官が粋なんでしょうね。言うだけ野暮だということでしょう
鎌倉期のものなら立派な文化財じゃないんですかね?本当に鎌倉期のものかは調べてもよくわからないけれど(「頭部は江戸初期の作ともいわれる」という記事は見つかったが)。粋だとか野暮だとかそういう話だろうか?「伝○○」なんてのはありふれていると思っていたけれど違うのか?