吉田敦彦『日本神話の深層心理』

日本神話の深層心理 ~アマテラス スサノヲ オホクニヌシの役割~

日本神話の深層心理 ~アマテラス スサノヲ オホクニヌシの役割~

吉田敦彦氏といえば日本を代表する神話学者だ。俺は古代史学者の神話解釈を信用してないので、神話学者の吉田氏に期待したのだがその希望はこの本の冒頭で打ち砕かれた。


吉田氏はアマテラスの誕生について次のように記す。

 二神はこのように、自分たちがした「国産み」と「神産み」の締め括りとして、「天下の主者」つまり、でき上がった世界の支配者となる、偉い神様を誕生させることにしたというのです。

吾已生大八洲国及山川草木。何不生天下之主者歟。

日本書紀(国史大系本)

イザナキ・イザナミ「天下の主者」を生むことにした。既に書いたように『日本書紀』本文には「日神」と書いてあり一書に「アマテラス」「オオヒルメ」とあるのだが、一般にアマテラスと考えられているので、とりあえずそこはつっこまない。問題は次だ。

 両親の神はそれで、自分たちが意図したまさにその通りに、「天下の主者」になるのに相応しい、世にも尊い子の神が生まれたことを大喜びして、「自分たちには多くの子がいるが、こんな不思議きわまりない霊威を持った子は、ほかにいない。いつまでも下界に留めておいてはならないので、すぐに天に送って、天上界を授けて治めさせよう」と、言い合いました。

繰り返すが二神は「天下の主者」を生もうとしたのだ。そして吉田氏によると「天下の主者」になるのに相応しい神が生まれたということになる。


だったらなぜその神を「天下の主者」にしないのだ?


おかしいではないか?


原文は以下の通り。

故二神喜曰。吾息雖多。未有若此霊異之児。不宜久留此国。自当早送于天、而授以天上之事。是時天地相去未遠。故以天柱、挙於天上也。次生月神。〈一書云。月弓尊。月夜見尊。月読尊。〉其光彩亞日。可以配日而治。故亦送之于天。

日本書紀(国史大系本)


二神は喜んだ。これは確かにその通りだ。それほど素晴らしい子が生まれたのだ。だが次に「不宜久留此国」とある。「この国に留めておくのは良くない」ということだ。


「天下の主者」に相応しい子が生まれたのなら、なぜ留めておくのが良くないのか?


おそらく吉田氏(その他の学者も)、これを「天下の主者」にするのはもったいないので(格上の)「天上の支配者」にしたという意味で解釈しているのではなかろうか?「不宜」とは、「この子にはもっと上の地位につけた方が良い、天下の主者のような仕事は(国語辞書的な意味で)役不足である」と。


しかし、これはそうではない。


「不宜久留此国」とは「この国に留めておくと害になる」ということだ。


「日神」とはすなわち太陽のことだから、太陽を地上に置いておいたら地上は草木も生えぬ灼熱地獄となるのは当然だ。だから二神は天上に送ったのだ。すなわち地上から追放したのだ。「日神」は非常に優れていた。でも優れていればいいというものじゃないって話だ。


ちなみにインド神話の太陽神スーリヤは

太陽神故に全身から高熱を発しており、生まれた時に母親に放り出されたとされる。

スーリヤ - Wikipedia
とあり、やはり太陽が熱いので遠ざけられているのである。


何でこんな単純な話が理解されないのだろう。非常に悲しい。