演歌とは何ぞや

演歌は「日本の心」というより、素晴らしき「雑種」なんだぜ、っていう話。 -輪島裕介『創られた「日本の心」神話』- - もちつけblog(仮) はてな版

 一九七〇年版『現代用語の基礎知識』で「アート・ロック」と「演歌(艶歌)」が同じ年の新語として収録されている (288頁)

 これが決定的な証拠である。

 276頁を読むと、1971年の『平凡』二月号に「最近のレコード界は、いわゆる、”演歌”といわれる曲が、競って発売されています。」、という記述がある。

 演歌は、伝統の継続ではなく、伝統から切断されたところから、「雑種」として誕生したのである。

1970年には俺はこの世にいたけれど子供だったからよくわからない。演歌を意識しだしたのは70年代後半でラジオの歌謡トップ10みたいなのを盛んに聞いていた。当時は都はるみの「北の宿から」とか石川さゆりの「津軽海峡冬景色」とか千昌夫の「北国の春」などがヒットしていた頃。


俺は演歌大好きだったわけではなく、もっぱら興味はキャンディーズとかピンク・レディーだったり、山口百恵西城秀樹だったりのアイドルと呼ばれた歌手だったわけだけれどラジオから流れてくるんだから自然と耳に入る。当時のヒットチャートには他にもあおい輝彦の「Hi-Hi-Hi」
なんかが入っていた。あおい輝彦はアイドルだったかもしれないけれど俺の世代ではピンとこなかった。あとはイルカの「雨の物語」とか中島みゆきの「わかれうた」」とか。そういうのはテレビばかり見ていた頃は知らなかったので新鮮だった。それからフランク永井の「おまえに」とか。


で、俺の親が聞くのはもっぱら都はるみや森進一なわけで、アイドル歌手なんかには興味がない。もちろんニューミュージックも聞かない。そういうのは「音がうるさい」「歌詞がわからない」「英語がわからない」「長髪が不潔」「変な格好をしている」「踊りながら歌うのはけしからん」みたいな評価。逆に言えばそこが評価のポイント。つまり「歌が主役で演奏が目立ってはいけない」「歌詞がわかる」「髪型が真面目」「着物やスーツで歌う」「踊らない」という点が重要。もちろんそれが演歌とそれ以外の区分けになるわけではない。けど演歌歌手はその条件を満たしている人が多い。演歌歌手にもラスボスのような例外はあるが俺の親は好きではないらしい。


あとムード歌謡もそういった条件を満たすものは多いけれど、うちの親は「夜の酒場で云々」的な歌は好きでないらしい。ただし一般的には演歌が好きでムード歌謡も好きという人は多いと思われ。というかムード歌謡も演歌に含まれていることも多いと思われ、またどこまでが演歌でどこまでがムード歌謡なのかも定かでないし、どっちも歌う歌手もいるし。演歌は「日本の心」といった場合にムード歌謡は含まれるのかと。ムード歌謡の場合はもうこれは明らかに洋風であるわけで、維新後に西洋から入ってきたものであっても、洋食とされたり和食とされたりするのに近いものがあるように思われ。


で、演歌は「日本の心」といった場合、曲はもちろん外国からの影響がある。しかし演歌は曲だけではない。当然歌詞もあるし、また見た目もある。そっちも考えなければならない。じゃあそれらは純和風なのかといえば、こっちももちろんそうではない。


ただ、ここまで書いてきてなんだけれど、そもそも演歌は「日本の心」というのは「演歌は日本の伝統」という意味なのか?って疑問がある。そうじゃなくて「日本人の心に染み入る」って意味なんじゃないかと。


いやもちろん全ての日本人の心に染み入るわけじゃない。けど70年代頃には、俺みたいに子供や若者だった世代は別にして、大人世代の多くがそう感じたんじゃないだろうか(淡谷のり子みたいに演歌大嫌いな大人もいたには違いないが)。でも、そういう世代は減ってきている。じゃあ演歌は「日本の心」みたいなキャッチフレーズは消滅していくのかといえば、そうでもないだろうとも思う。