日本の幽霊の手(番外) 古今未曾有 工夫の幽霊

幽霊ネタはとりあえず今日で終わり。


いろいろ検索していたら面白い絵があった。
古今未曾有 工夫の幽霊 尾上梅幸 歌川国貞 1830年
MISTER_DELIGHT (yajifun: 古今未曾有 工夫の幽霊 尾上梅幸 歌川国貞 1830年)

歌川国貞 - Wikipedia


この「尾上梅幸」というのはどの「尾上梅幸」なのか?ウィキペディアによると「三代目 尾上梅幸」は1814年に襲名したが翌1815年に三代目尾上菊五郎を襲名。「四代目 尾上梅幸」の記事には

弘化3年(1846年)、菊五郎の俳名である梅幸を襲名。

とあるから1830年の絵のモデルではない。「俳名」とは。

歌舞伎役者が舞台の上で使う名跡(芸名)とは別に、公私にわたって自由に使用した名(号)。

というわけで、この「尾上梅幸」とは「三代目 尾上菊五郎」で間違いないと思われる。当たり役の一つが『東海道四谷怪談』のお岩。


この絵は菊五郎梅幸)の舞台姿を描いたものと思われる。「古今未曾有 工夫の幽霊」とあるので、菊五郎の幽霊は評判だったのだろう。ただし俺は歌舞伎に疎いのでこの絵の幽霊が何という芝居に出てくるものなのか全くわからない。また、いくら「工夫」の名人だとしても、こんなの可能なのだろうかという疑問もないわけではない。


で、この幽霊は足が無い。足が無いのはいいとして、下半身が布のようになっている(というか布なんだろうけど)。まるで一反木綿(ゲゲゲの鬼太郎バージョン)のよう。これは、下半身が煙みたいで細くなっている幽霊(ランプの魔神タイプ)を表現するのに布を使ったということなんだろうと思われ。


次に注目すべきは手。幽霊のステレオタイプの手の形に似ている。ただし良くみれば「親指」「人差し指・中指・薬指」「小指」の三つに分かれているように見える



で、俺はこれが「狂骨」の姿に似ているように思えてしかたないのである(『今昔百鬼拾遺』は1780年刊行。「尾上梅幸」の半生記前)
狂骨(ウィキペディア)


「狂骨」は足が無く井戸の桶から出てきているように見える。俺は既に書いたように、これは反魂香を炉で焚いて煙の仲に現れる霊の姿がモデルになっていると推理している。で、炉からは煙が出るけれど、井戸の桶から煙は出ない。したがって本来は煙であった下半身が何だかよくわからないものになっている。髑髏の上半身は服を着ており、それと繋がっているので、この何だかよくわからないものは布だと解釈することも可能であろう


次に「狂骨」の手。手の先もまた何だか意味不明の形状をしている。衣装の先端のようにも見えるけれど、そもそも衣装としては長すぎるように思われるし。また手の甲のようにでもあるけれど、同じくその位置に手の甲があるのは不自然。ただし強引に見ようとすれば(絶対に違うと思うけれども)手の甲に見えなくもない。で、これを手の甲だと仮定すれば、特に左手が顕著だけれど三本指に見える


そのように考えれば、「狂骨」と「尾上菊五郎の幽霊」は似ている。


さらに、両者は似ているという視点で見れば 「古今未曾有 工夫の幽霊 尾上梅幸」の絵でかなり存在感を主張している「木の枝」っぽいものが気になってくるのである。これは一体何なのであろうか?


これが劇の一場面で、この木の枝っぽいものはここに必要なのかもしれない。この幽霊が何者なのかわからないのでそれについては保留せざるを得ない。しかし、どうしても気になるのは、既に書いたように「狂骨」の絵に描かれている「長い棒」のことだ。これは絵の中では「はねつるべ」の一部であって「狂骨」は井戸の中から出てくるのだから、井戸の一部が描かれているのは当然のように見えるけれども、実はそうではなくて話は逆で、本当は「狂骨」のルーツとなったものに長い棒状のものが必然だったのが、意味が失われて「長い棒」が井戸の一部と解釈され「狂骨」が井戸の妖怪になった可能性もあると思うのである。もしそうだとしたら、「長い棒」が「井戸の一部」となり、さらに「木の枝っぽいもの」に変化した可能性もなくはないのではないかと思うのである。


おしまい。