女系天皇問題

昨夜は早寝して起きたのが4時頃だった。テレビつけたら朝生やってたけど10分ほどで終わってしまった。検索したら〜激論!象徴天皇と“生前退位”〜というテーマだったけど、見たときに討論してたのは女系問題だった。


俺は自称保守だから過去から続く伝統は守りたい。しかし保守とは「何が何でも一つも変えてはいけない」という主義ではなくて「守るためには大胆な改革をも厭わない」というものである。


このまま天皇が男系で存続するのなら、それは大いに結構なことだ。しかし現在それは非常に細い糸で辛うじて維持しているものであって、このままだと一時的に危機を脱したとしても、またすぐに危機が訪れる可能性が高い。


このピンチを切り抜けるための方法は二つ。旧皇族皇籍復帰か女系天皇を認めるかである。


臣籍降下した後に皇籍復帰した前例はある。
臣籍降下 - Wikipedia
宇多天皇臣籍降下していたときは源定省(みなもと の さだみ)だった。
醍醐天皇は源維城(みなもと の これざね)だった。


一方、女系天皇の前例はない。女性天皇はいても全て男系皇族である。


そう考えれば皇籍復帰の方が良いようにみえる。しかし、国民の支持が得られるだろうか?と考えたときに、非常に難しいのではないかと思う。


女系天皇は一部に強硬な反対論があるけれども、国民の支持が得られやすいだろう。だが前例がない。


しかし、考えてみてほしいのだが、臣籍降下した後に天皇となった第59代宇多天皇には当然のことながら前例がなかったのだ。


また、女性天皇は良いが女系はだめだというけれど、最初の女性天皇は第33代推古天皇で、当然のことながらそれまで前例はなかったのだ。歴史学的にはそれ以前にも女性の大王がいたのではないかという説もあるがあくまで公式(神武以来の系図)では(以下も同じ)。


前例が守られなかったら、天皇は別のものになってしまうというなら、とっくの昔になってるということになるのではないか?


天皇系図を見れば他にもある。
天皇系図


初代神武天皇から13代成務天皇までは親から子への継承である。しかし14代仲哀天皇景行天皇皇子日本武尊の子である。親から子への継承が途絶えたのだから、今までの天皇とは違うものになってしまったと言うことが可能ではないか。


18代反正天皇は17代履中天皇の弟である。兄から弟への皇位継承は前例がない。


24代仁賢天皇は17代履中天皇の孫である。皇位履中天皇から反正天皇允恭天皇と兄弟間で継承され、允恭皇子の安康・雄略とこれまた兄弟間で継承され、雄略天皇皇子の清寧天皇で血統が絶えた。仁賢は清寧のまたいとこである。もちろんこんな皇位継承は前例がない。


26代継体天皇応神天皇5世の子孫である。もちろんそんな前例はない。


男系維持の理由として様々なことが言われているけれども、『日本書紀』に男系でなければならないなんてことは書いてない。なぜ男系が維持されたのかと現代人が推測したものにすぎない。


という事例はこの問題を考える際に念頭に置いておいたほうがいいと俺は思いますね。