左派バカと右派バカ

左派バカと右派バカ@タレブ: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

池田信夫氏は、自分の言葉で語るとトンデモになりがちですが、人の言葉を引用するときにはなかなかの目利きになります。

http://twitter.com/#!/ikedanob/status/115331053056565248

>「左派は市場はバカで政府は賢いという。右派は逆だという。両方バカであることに、どちらも気づかない」タレブ

より正確にいえば、市場それ自体が常に賢かったりバカだったりするわけではなく、政府それ自体が常に賢かったりバカだったりするわけでもない。

問題が起こるのは、市場は常に賢く、常に正しく、一見目の前で非道いことが起こっていて、市場が失敗しているように見えても、それは見えざる神の大御心であって、それが信じられないのは、お前の不信心のゆえじゃ、愚か者め、神の言葉を常に拳々服膺し、ゆめゆめ市場も時にはバカなことをするんじゃなかろうかなどと不敬の思いを抱いてはならぬぞよ、と説き続けるような手合いがはびこったりするからでしょう。

市場も政府も、時々バカになります。そういう率直な認識から、イナゴ脱却は始まるのでしょうね。

池田信夫先生とhamachan先生が珍しく意見の一致(?)


しかし、この場合「保守」はどこに位置するのだろうか?「市場はバカで政府は賢い」というのが左派だというのはまあいい。右派は逆だというのだから右派は「政府はバカで市場は賢い」ということなんだろう。


保守はここで言う「右派」と一致するのか?そこが微妙なところ。問題は「正しい」とはどういうことなのかということにあるんじゃないかと思う。


何が「正しい」のかをあらかじめわかっているのなら、その「正しい」ことを実現させることができるのが「政府」か「市場」かの選択が可能になるかもしれない。しかし俺の考える保守思想では、人間が絶対的に正しいことを知ることは不可能。正しさは多様な人間の集合体から生じてくるものであって、理性から導き出されるものではなく、人知を超えたものとしてそれを「神の言葉」と表現することも可能であろう。


この場合の「市場は正しい」とは、あらかじめわかっている正しいことを実現することができるという意味ではなく、現在正しいとされていることが本当に正しいのかと市場(株式市場とか商品市場とか狭い意味の市場ではない)が警鐘を鳴らしているという意味になるだろう。