日本の幽霊の手 反魂香

前にも言及した
「円山応挙が足のない幽霊を初めて描いた説」に疑問

応挙が幽霊画を描いた理由はこれとは別の話なのであまりしませんが、脚のない理由が、応挙真筆最有力候補(久渡寺)が「反魂香之図」というタイトルであることなどから下半身が煙で覆われているから見えないのではないかという考え方もあります。

我ながら迂闊なことだが、「下半身が煙で覆われている」というところにだけ注目していて、そもそも「反魂香とは何か」について考えていなかった…

反魂香、返魂香(はんこんこう、はんごんこう)は、焚くとその煙の中に死んだ者の姿が現れるという伝説上の香。

もとは中国の故事にあるもので、中唐の詩人・白居易の『李夫人詩』によれば、前漢武帝が李夫人を亡くした後に道士に霊薬を整えさせ、玉の釜で煎じて練り、金の炉で焚き上げたところ、煙の中に夫人の姿が見えたという[1]。

反魂香 - Wikipedia


このウィキペディアの記事に鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』「返魂香」の絵が添付してある。
SekienHangonko - 反魂香 - Wikipedia


炉から煙が出てそれが人の形になっている。これはまさに『アラジンと魔法のランプ』の魔神にそっくりではないか!(というかランプの魔神の原型はこれなのかもしれない)


そして同じ鳥山石燕の描く「狂骨」の下半身とも似ている。ただし「狂骨」が出てくるのは炉からではなくて井戸の桶からだ。炉から出た細い煙が人の形になるのは理にかなっている。煙の形が何かに見えるということは現実にありえる。しかし井戸の桶から煙は出ない。お湯が入っていれば湯気が出るだろうけれどそうではないだろう。現実には起こりえないことで理にかなっていない。もちろん幽霊自体が実在しないものだけれど荒唐無稽具合は「狂骨」の方が甚だしい。


これは「返魂香」の炉から出てくる幽霊の方が先で、煙の出るはずもない井戸桶から出てくる「狂骨」の方は「煙が人の形になる」というストーリーを無視して幽霊の形だけを採用したものではなかろうか?そして井戸が小さすぎるのも元は炉だったからではなかろうか?


ただし、問題は鳥山石燕よりも前に書かれた円山応挙の「反魂香之図」だ。実のところ俺はこの「反魂香之図」というのがどの絵のことなのかわからない。検索しても絵とタイトルが掲載されているものが見つからない。たぶん「久渡寺 円山応挙」で画像検索してヒットする絵の中で美人が描かれている絵ではないかと思うけど…
久渡寺 円山応挙 - Google 検索
※6/24訂正 この絵ではないらしい


で、この絵だと仮定すると、下半身が見えない(煙で覆われている?)女性の姿しか描かれておらず炉が描かれてない。ゆえに炉から出た煙が人の形になっているということが絵を見ただけではわからない。


反魂香の絵としては鳥山石燕の絵の方がわかりやすいけれど、円山応挙の絵の方が先で鳥山石燕の絵の方が新しい。しかし足の無い幽霊の絵といえば応挙型の絵の方が主流であったように思われる(煙が幽霊になるというストーリーは失われてしまったのだろうが)。一方、石燕型(石燕が作ったのかはわからないけれど)の方も炉の煙の部分が失われて「下半身が先細りしている幽霊」の原型になったのではなかろうか?そして石燕自身も「狂骨」で採用しているということなのかもしれない。