なぜ新聞は売れなくなったのか(その2)

俺はかれこれ9年間は新聞を購読していない。理由はもちろんネットで見れるからということだけれど、当時はダイヤル回線だったからそんなに便利だったわけではない。


当時の俺は新聞を購読することは一人前の人間として当然のことだと思っていた。


そんな俺がやめたきっかけは、この地に引っ越してきて早々、暴力団みたいな勧誘員に大変怖い思いをしたこと。勧誘員の質問に応対していたら、時間が経過して、そろそろ帰ってもらいたいと思っても中々帰ってくれない。実のところ俺は日経を購読しようと思ってたので一般紙はお断りだったのだ。向こうが聞いてくるから答えるまでで、購読しないという意志は最初から表明していた。そのうち、「こっちがこんなに時間を使っているのに、断るとかありえないだろ」みたいなことを言って脅してきた。はっきりいってすごく怖かった。刑務所入るのなんてなんともないって感じだから、身の危険を感じた。しょうがないので3ヶ月だけ購読した。


しばらくしたら、また別の新聞の勧誘がきた。これがまたおっかない人だった。この時はまだ前の新聞の契約があったので、既に契約している旨とサバを読んであと一年は無理って言ったのだけど、じゃあ一年後の契約をと来た。これもおっかなかったんだけれど、前回の教訓から玄関の中には入れてなかったので、最後は無理やりドアを閉めて逃げた。


それ以来、勧誘は新聞以外のものも含めて全て門前払いにしている。一度「近所に引っ越してきたので挨拶にきました」というのに見事に騙されたが、この時も逃げる用意はできてたので、新聞は一切取りませんと断ってドアを閉めて逃げた。会話をしてしまっては面倒なことになるので、用件がわかったら即お断りするのが一番である。それでも「何だその態度は」といちゃもんつけてきたのも一回あったけれど。


こんなに何回もおっかない人がやってくるのは、このあたりだけのことなのかもしれない。それも最近はこなくなったけれど。


そんなこんなで俺は新聞を購読しなくなった。読まなくなってしまえば何と言うことはない。今日のテレビ放送がわからないという多少不便なところはあったけれど。今ではそれもネットでわかる。


それに、数ヶ月購読してわかったことだが、新聞は狭い部屋では結構な場所を取る。なくなってスッキリって感じ。



ただし、新聞を購読しないことについては一つの障害があった。である。親は新聞を購読するということは一人前の人間として当然のことであるという感覚を持っていた。まあ、そういうものだろう。というか俺もそう思っていたんだから。だから俺が新聞を取っていないということがわかると、ひと悶着あった。今はネットがあるから必要ないんだと説明してもわかってもらえない。金が無いのなら援助するとまで言われた。


しかし、それも最近では言われなくなった。そういう人が増えているということを知ったからだろう。息子が言っても信用しないが、他所様がそうだとなると信用する。そんなもんだ。


今後、新聞を購読しなければならないという心理的な壁はどんどん崩れていくだろう。それがある程度の段階までいったら一気に崩壊するかもしれない。