イエズス会の野望

ウィキペディアの「中国のキリスト教」の項目を見てたら、

フランシスコ・ザビエルは二年半の滞日で「日本人をキリスト教徒にするには中国人をキリスト教徒にするほかない」と考え、自ら中国宣教を試みたが、果たせず上川島で病没した。東インド管区巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノはザビエルの遺志を継いで中国宣教の実現を図り、ヨーロッパ人の宣教師で中国語と中国文化をマスターしたものを宣教に派遣するという大方針を立てた。

中国のキリスト教 - Wikipedia
と書いてあった。これじゃまるで日本をキリスト教国化するために中国に布教したみたいだ。


だが、イエズス会の本命は中国だったと思う。話は逆で、日本での布教の目的は、日本にキリスト教を広めるということももちろんあったにせよ、最大の目的は中国布教の足がかりを得ることだったのではなかろうか。


岡田章雄『キリシタンバテレン』にザビエルの構想の一つとして、日本の国王から中国に渡る許可証を手に入れるということが書いてある。それによって中国で安全に布教することを考えていたらしい。ただし、岡田氏は、ザビエルは考えを改め、中国にキリスト教を広めることによって日本をキリスト教化しようと考え中国に渡ろうとしたということも書いている。というか、この岡田説がウィキペディアの出典なのかもしれない。


しかし、その後のイエズス会も、やはり日本を足がかりにして中国に進出しようとしていたように思う。豊臣秀吉の大陸進出に協力を申し出たのもそういう理由だろう。秀吉は日本での布教を禁じたが、大陸での布教は自由だとした。



※ところで、俺は以前「日本がキリスト教国になれば中国は自然とキリスト教国になる」というおよそ現実離れした認識をイエズス会が持っていたという話を目にした覚えがあるのだが、それがどこだったか思い出せない。