メロスはいつから本気で走ったのか

「算数・数学の自由研究」作品コンクール:「走れメロス」は走っていなかった!? 中学生が「メロスの全力を検証」した結果が見事に徒歩 - ねとらぼ
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という記事が話題になっている。


第1回審査結果発表|一般財団法人 理数教育研究所 Rimse
講評には

同じような考察はこれまでも見られましたが、文学作品をグラフまで利用して分析しているのは初めてだと思います。

と書かれている。この研究が評価された理由はここにあるのだろう。したがってこの研究の結論が正しいか否かはさほど問題ではなかろう。だが、一般の関心は結論の方にあるのでそれについて検証するのも無意味ではないだろう。


青空文庫:「走れメロス」太宰治
を使って調べて見る。


王城からメロスの村までの距離は10里(約39km)である。研究によるとメロスはこの距離を10時間かけたと推定される。一睡もしなかったとあるのでずっと移動していたと考えれば1時間に3.9キロということになる。徒歩で1時間当たり1里のというのが一般的な通念であるからそれに叶っている。

メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで

というのは、早歩きしたということではなくて休息しなかったという意味であろう。


ここまでは問題ない。次に村から王城まで。研究によるとメロスが村を出発したのが午前4時半、日没が午後7時とする。あくまで推定だがこれを採用する。すると日没まで14時間半あることになる。10里の道を14時間半で行くとするなら、39÷14.5=2.69…で時速2.7キロで歩けば間に合うことになる。


研究によると「全里程の半ば」に「真昼時」なので7時間半で10里移動したことになる。

平均時速=20(km)÷(12-4.5)(時間)=2.666…=2.7(km/時間)…遅い

とあるけれど時速2.7kmで移動して何事もなければ日没に間に合うのである(太宰治はちゃんと計算したのだろう)。


大丈夫だといってもギリギリじゃないかという話にもなろうけれど、メロスは王城に着いたら殺されることになっている。可能な限り現世に留まりたいという感情(弱さ)があったということだろう。それがこの物語の肝にもなっている。


ところが、ここで思わぬ障害が発生した。前日の豪雨で橋が破壊されていたのである。そしてなんとか川を渡ったところで山賊に遭遇したのである。ここでタイムロスが生じた。


中学生は
川を渡るのに1時間(13時)
峠の上りに2kmを1時間 (14時)
山賊と戦うのに30分 (14時半)
峠の下り2kmを30分 (15時)
倒れる 1時間 (16時)
と推測した。残り3時間で距離は16km。よって時速5.3kmということになる。ただ、これらはあくまで推測である(とはいえ妥当だと思われる)。


だが時速5.3kmというのは平均速度であって、その速度を維持しながら進んだとは限らない。原文にはこうある。

 ふと耳に、潺々(せんせん)、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々(こんこん)と、何か小さく囁(ささや)きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬(すく)って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復(かいふく)と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。

「歩ける。行こう」というのは、まどろみから目覚めた直後のことだろう。メロスは疲労していた。普通に歩こうとしても時速4kmよりも遅かったかもしれない。


次に「肉体の疲労恢復(かいふく)と共に、わずかながら希望が生れた。」とある。この描写は歩き出す前のことだろうか?それとも歩くにつれて疲労回復していったということだろうか?後者の可能性があるように思われる。


次に「斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある」とある。歩き出す前のことだとしたら推定時刻16時のこととなるが、そうではなく歩いている途中の描写ではないだろうか?


そして「死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ」とある。そこから察するに前にある「義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である」とは日没までに到着するという意味ではないのかもしれない。さらに前に「私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い」とあることから想像して、間に合わないかもしれないけれど、そして間に合わなかったら死なずにすむが、それでも死ななければならないというのが「義務遂行」であり「名誉を守る」ということではないだろうか?


当初はそのつもりだったけれど、そうではなく自分が死ぬだけではなく友の命を救わなければならないと途中から考えるようになった。そのためには走らなければならない。それが「走れ!メロス」ということではないだろうか?


その時刻がいつなのかは不明だが「斜陽」という語句からある程度の推理は可能かもしれない。仮に17時だとすると、1時間で4km進んだと推定すれば残り2時間で12km、すなわち時速6キロとなる。これだとまだまだ小走りといった程度。18時だとすると時速8kmで走らなければならない。だがものすごく速いというわけではない。


しかし次に「ああ、陽が沈む。ずんずん沈む」とある。小走りでは間に合わない事態になったのだろう。そして、

 路行く人を押しのけ、跳(は)ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴(け)とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

とある。この描写からメロスは王都には到達したのだろうと推測できる。この時点でメロスは相当飛ばしていたに違いない。


すなわち、メロスは(まどろみから)目覚めてからいきなりトップスピードで走ったわけではなく、最初は疲労のためにゆっくり歩いて徐々にスピードを上げていって最後は超高速で走ったのだろうと推測することも可能ではなかろうかと思うわけであります。