ナチスの定義する「nation」(その2)

前の記事で、

4 民族同胞のみが国民たりうる。宗派にかかわらずドイツの血を引く者のみが民族同胞たりうる。ゆえにユダヤ人は民族同胞たりえない。
5 国民でない者は、ドイツにおいて来客としてのみ生活することができ、外国人法の適用を受けねばならない。

25カ条綱領 - Wikipedia


というウィキペディアの記述を引用したんだけれど、よく考えてみれば、これは「日本語訳」でありドイツ語ではどうなっているのかも見てみなければならないということに気づいた。


というわけで、ドイツ語版

4. Staatsb〓rger kann nur sein, wer Volksgenosse ist. Volksgenosse kann nur sein, wer deutschen Blutes ist, ohne R〓cksichtnahme auf Konfession. Kein Jude kann daher Volksgenosse sein.

5. Wer nicht Staatsb〓rger ist, soll nur als Gast in Deutschland leben k〓nnen und mu〓 unter Fremdengesetzgebung stehen.

25-Punkte-Programm der NSDAP


ドイツ語はさっぱりだけれど、「Volksgenosse」が「民族同胞」、「Staatsb〓rger」が「国民」の元の語句だということはわかる。


で、他にどんな日本語訳があるのか調べるためにGoogleで検索。まず「Volksgenosse」について調べた。
Volksgenosse - Google 検索
「Volksgenosse」の「日本語のページ」はたったの54件しかない。だが内容的には(それ故に)濃い。


※後で読んでみたいページ
4.1 戦時中の民族社会主義の指導者たちの自白
「キール学派と民法 : ラーレンツとヴィアッカー」小野秀誠(注:PDF)
「ドイツ・ナチズム期におけるユダヤ人立法の法史的・法思想史的研究」(注:PDF)



「ドイツ・ナチズム期におけるユダヤ人立法の法史的・法思想史的研究」に25カ条綱領の該当項目の日本語訳がある。

第4条 民族同胞(Volksgenosse)である者に限り、国家公民(Staatsb〓rger)であることができる。信仰のいかんを問わず、ドイツの血統を持つ者に限り、民族同胞であることができる。したがって、ユダヤ人は民族同胞であることはできない。
第4条 国家公民でない者は、たんに客員(Gast)としてのみ、ドイツ国内に生活することができるにすぎず、外国人立法(Fremdengesetzgebung)を適用されなければならない。

こちらでは、「Staatsb〓rger」「国家公民」と訳されている。


なお、「Volksgenosse」という言葉はドイツ語版Wikipediaによると1798年が初出で元々は「農民」という意味らしい(ドイツ語自身ないけれど)。解説はほとんどナチスのことで占められているから、一般的な言葉ではないのではなかろうか。
Volksgenosse – Wikipedia
一方「Staatsb〓rger」は「市民権」という意味で普遍的に用いられている。
Staatsb〓rgerschaft – Wikipedia


これが1935年のニュルンベルク法に引き継がれて、「公民法」(Reichsb〓rgergesetz)では、

第2条
(1)ドイツ人の血およびこれに類した血を有する国家所属員だけが公民である。公民はドイツ民族およびライヒに忠実に奉仕しようとし、それにふさわしい態度によって証明される。
(「ドイツ・ナチズム期におけるユダヤ人立法の法史的・法思想史的研究」)

となる。


ライヒとは、

Reichとはドイツ語で一支配者が全ての地域 (Land) を治めている全国 (Reich) と規定される。ドイツは歴史的に小さな領邦 (Staat) が分立して神聖ローマ帝国皇帝の緩やかな支配を受けている時代が長く続き、その後もドイツ皇帝(カイザー)の緩やかな支配が続いた。バイエルンヘッセンと個々の地域は現在も「Land(=州)」と呼ばれ、高度の自治を許されている。

1933年以降、ナチス・ドイツ地方自治を完全に停止し、全ドイツ (Reich) を一元支配した。Heiliges R〓misches Reich(神聖ローマ帝国)を第一帝国とし、Kaiser-reich(プロイセン王国が統一した帝政ドイツ)を第二帝国、 Das Dritte Reichを第三帝国、第三の国と呼ぶのは一貫性がある。Reichは、「帝国」を意味する語ではなく「ドイツ全国」を意味しているからであり、ナチス政府の国家は、ドイツ全国を統治下に置いた三番目の国だからでもある。

第三帝国 - Wikipedia


なお、「ドイツ人の血およびこれに類した血を有する国家所属員」とは、

ユダヤ人とジプシー〔ロマンス民族〕とを除くヨーロッパ民族」

これは従来の「アーリア人種」というナチスが好んで用いたドイツ人に対する民族規定が不透明であることから、急遽考え出された概念規定である。
(「ドイツ・ナチズム期におけるユダヤ人立法の法史的・法思想史的研究」)

ということだそうだ。



で、「national socialism」についてだけれど、やはりこれは「国家」「国民」と訳すのが適切だろう。それ以外の造語でもいいかもしれないけれど「民族」は不適切だと思う(現にそういう用法があるとしても)。ナチスユダヤ人を「公民・市民」とは見做していなかった。これは「公民・市民」と見做した上で差別することとは分けて考える必要があるだろう。


「national socialism」を「民族社会主義」と呼ぶべきと考える人は、なぜそう考えるのだろうか(左翼に多いと思うけれど)。おそらく民族差別を強調したいからなんだろうけれど、それを「国家・国民」と訳したからといって民族差別の要素が消えるわけではない。というか、むしろ「国家・国民」が現代でも抱える重要な問題点を浮き彫りにするという点でも、そう訳したほうが適切だと思える。